2012-08-19

やさい


やさいを食べると 身体が喜ぶ

ささっと茹がし やさいの歯ごたえをのこす

味付けは シンプルに

オイル 塩 ブラックペッパー ときより 生姜酢


今日のオイルは ごま油



2012-07-08

ひとはり ひとはり









長年にわたり
何人のパタンナーがピンを打っただろう


年期のはいった わたしのあいぼう


このヒトがいないと 何もできやしない


幸い どこも ヘコんだりはしていない


ワタを あてて
地の目を追って シーチングを纏わす


ひとはり ひとはり


3ミリ間隔程度で


バストラインから上の
せなか全面 前側面 くび


ちっち ちっち...  まつること1日


これからも ヨロシク 10Missさん



2012-05-18

たいあん



めずらしく 外出


帰り道 こうはいが 
たいやき屋さんをみつける


ブランドのみんなに お土産


焼き置きはなく
オーダーから焼いてくれる


焼けるまで のんびり





待っている10分もない間に
ランドセルをゆらしながら 
小学2年生くらいのチビッコが
次々とやってきた


「今日はありがとうございました
 とっても 美味しかったです
 また来るねーーーーーーー!」


1学年 60人で
近所のお店屋さんをまわる
社会見学の日


「たいあん」さんに来たさい 
折角なので 子供たちに たい焼きを食べてもらった と お兄さんが教えてくれた


下校途中の 子供たちが お礼を言いに来ていた


焼きたての ホカホカのたい焼き
お腹も ココロも ホカホカにしてくれた


「たいあん」さん に チビッコたちに ありがとう



2012-04-30

いとこ

わたしには 同じトシのイトコがいる
けいこちゃんは 小さいときから仲良しだった


おそろいの服を着て カバンを持って
一緒の合唱団にも入ってた
お泊りの日は 夜中まで話し込んでいた


いろいろ事情があって しばらく疎遠になっていたけれど
おじいちゃんが 再会させてくれた


わたしの帰省が決まると 
イトコのチビちゃんたちよりも 喜んでくれる


このGW 1年半ぶりに帰省する
けいこちゃんの実家でお泊まり会
たいしたモノ作れないけど がんばるね!とメールが来た
そのココロが 何よりも嬉しい


とても 暖かく 天真爛漫な 慶子ちゃん
敏幸はピカピカの1年生
甘え上手のまあちゃん
頼りがいのある 伸さん


やっと会えるのが とても とても 楽しみ


再会のキッカケをくれた おじいちゃん ありがとう
けいこちゃんの 優しさに ありがとう



2012-04-02

おわり と はじまり

何かの おわりは あたらしい の始まり


始まったばかりの 自分が 卒業を迎える
素敵な時間は 儚かった


わたしが迎える あたらしいは 未知
良いコト なのか 否かは いまのわたしにはわからない


インプットすべき コト  多すぎて パンクしないだろうか
アウトプットすべき コト  経験を積むしかない
やってみなくては わからない


素敵な時間が 儚くなるコトを わたしは知っていた
あたらしい 時間も 気持ちの良いモノに したい


自信が コナゴナになっていた矢先の展開
いろんなコトを並べれば 
この「おわりとはじまり」は必要だと思う

2012-03-21

優しい コトバ

先日 父からの電話で
自分の役に立たない不甲斐なさと パターンの難しさから
父に グダグダと 弱音を吐いた


かえってきたコトバは 直球だった


「おまえは弱過ぎる 昔から 弱過ぎる 強くなれ
 誰が悪いでもない お前が悪いんだ 強くなれ 努力をしろ」


正論過ぎて 真っすぐに 届いた
自分の愚かさを 痛感し コトバを失うわたしに
「会えない分 顔が見えない分 心配なんだ 俺も辛いんだ 
 厳しいコトを言ったけれど 前進しろ 気丈でいろ」


厳しくも あたたかい あたたかい 言葉だった
冷静さを取り戻し わたしはまた励む


一週間後 実家から小包が届いた
お礼の電話をかける


先日の父とのやり取りを気にしていた母はやさしい声で


「頑張りなさい 励みなさい ヒトの3倍の努力をしなさい
 頑張るのをやめたら 乗り越えなきゃ そこで終わってしまう
 経験を積むしかないんだから 頑張りなさい」


父も 母も 幼い頃から 
「自分で学べ 失敗から学べ 自分の力で前進しなさい」
良いモノは良い 悪いモノは悪い
真っすぐに 直球に 明確に 向き合ってくれた
理解するまで 向き合ってくれた


父と母の娘で良かったと 心底 思う


エベレストのように気高い山を目の前に 
少しでも登れるように あしたも励むのだよ アツコさん



2012-03-11

3.11 2011

東日本大震災 原発事故 
ブログで何度も書いてきたけれど
1年前のわたしには たにんごとでしかなかった

揺れ続け 目の前で あちこち地面が割れ 液状化していても
なんの実感も無く 冷静で 電車が動かないと思い 早々に歩き出した
5時間かけて 帰宅する途中
当時 疎遠になっていた両親から連絡が来た
その連絡にも 素っ気なく 淡々と答えた

帰宅して 疲れ果てて 寝てしまった
深夜 ネットのニュースで津波の映像を見た

「なぜ 自分が死ななかったのだろう」
「自分が死ねばよかったのに」
そんな言葉を放つわたしに 友人たちが怒っていても
よく わからないでいた

誰かを亡くしたでもなく
家を失ったでもなく
断水しているだけの部屋で 温かいベッドで寝ていたのに
わたしのココロは死んでいた のだと思う

あの頃は 色んなコトが重なり過ぎていて 何も見えていなかった
わたしの味わったコトは わたしにしか分からない
同情をして欲しくもなければ 
同じ思いを しているヒトがいないコトを願う

被災者の受けたココロの傷も 失ったモノの大きさも
わたしには わからない

無慈悲なのかもしれないし ココロがまだオカシイのかもしれない

3.11
忘れるコトのない 特別な日ではあるけれど
1年経った いまでも 言葉を持つコトはできない