わたしには 同じトシのイトコがいる
けいこちゃんは 小さいときから仲良しだった
おそろいの服を着て カバンを持って
一緒の合唱団にも入ってた
お泊りの日は 夜中まで話し込んでいた
いろいろ事情があって しばらく疎遠になっていたけれど
おじいちゃんが 再会させてくれた
わたしの帰省が決まると
イトコのチビちゃんたちよりも 喜んでくれる
このGW 1年半ぶりに帰省する
けいこちゃんの実家でお泊まり会
たいしたモノ作れないけど がんばるね!とメールが来た
そのココロが 何よりも嬉しい
とても 暖かく 天真爛漫な 慶子ちゃん
敏幸はピカピカの1年生
甘え上手のまあちゃん
頼りがいのある 伸さん
やっと会えるのが とても とても 楽しみ
再会のキッカケをくれた おじいちゃん ありがとう
けいこちゃんの 優しさに ありがとう
2012-04-30
2012-04-02
おわり と はじまり
何かの おわりは あたらしい の始まり
始まったばかりの 自分が 卒業を迎える
素敵な時間は 儚かった
わたしが迎える あたらしいは 未知
良いコト なのか 否かは いまのわたしにはわからない
インプットすべき コト 多すぎて パンクしないだろうか
アウトプットすべき コト 経験を積むしかない
やってみなくては わからない
素敵な時間が 儚くなるコトを わたしは知っていた
あたらしい 時間も 気持ちの良いモノに したい
自信が コナゴナになっていた矢先の展開
いろんなコトを並べれば
この「おわりとはじまり」は必要だと思う
始まったばかりの 自分が 卒業を迎える
素敵な時間は 儚かった
わたしが迎える あたらしいは 未知
良いコト なのか 否かは いまのわたしにはわからない
インプットすべき コト 多すぎて パンクしないだろうか
アウトプットすべき コト 経験を積むしかない
やってみなくては わからない
素敵な時間が 儚くなるコトを わたしは知っていた
あたらしい 時間も 気持ちの良いモノに したい
自信が コナゴナになっていた矢先の展開
いろんなコトを並べれば
この「おわりとはじまり」は必要だと思う
2012-03-21
優しい コトバ
先日 父からの電話で
自分の役に立たない不甲斐なさと パターンの難しさから
父に グダグダと 弱音を吐いた
かえってきたコトバは 直球だった
「おまえは弱過ぎる 昔から 弱過ぎる 強くなれ
誰が悪いでもない お前が悪いんだ 強くなれ 努力をしろ」
正論過ぎて 真っすぐに 届いた
自分の愚かさを 痛感し コトバを失うわたしに
「会えない分 顔が見えない分 心配なんだ 俺も辛いんだ
厳しいコトを言ったけれど 前進しろ 気丈でいろ」
厳しくも あたたかい あたたかい 言葉だった
冷静さを取り戻し わたしはまた励む
一週間後 実家から小包が届いた
お礼の電話をかける
先日の父とのやり取りを気にしていた母はやさしい声で
「頑張りなさい 励みなさい ヒトの3倍の努力をしなさい
頑張るのをやめたら 乗り越えなきゃ そこで終わってしまう
経験を積むしかないんだから 頑張りなさい」
父も 母も 幼い頃から
「自分で学べ 失敗から学べ 自分の力で前進しなさい」
良いモノは良い 悪いモノは悪い
真っすぐに 直球に 明確に 向き合ってくれた
理解するまで 向き合ってくれた
父と母の娘で良かったと 心底 思う
エベレストのように気高い山を目の前に
少しでも登れるように あしたも励むのだよ アツコさん
自分の役に立たない不甲斐なさと パターンの難しさから
父に グダグダと 弱音を吐いた
かえってきたコトバは 直球だった
「おまえは弱過ぎる 昔から 弱過ぎる 強くなれ
誰が悪いでもない お前が悪いんだ 強くなれ 努力をしろ」
正論過ぎて 真っすぐに 届いた
自分の愚かさを 痛感し コトバを失うわたしに
「会えない分 顔が見えない分 心配なんだ 俺も辛いんだ
厳しいコトを言ったけれど 前進しろ 気丈でいろ」
厳しくも あたたかい あたたかい 言葉だった
冷静さを取り戻し わたしはまた励む
一週間後 実家から小包が届いた
お礼の電話をかける
先日の父とのやり取りを気にしていた母はやさしい声で
「頑張りなさい 励みなさい ヒトの3倍の努力をしなさい
頑張るのをやめたら 乗り越えなきゃ そこで終わってしまう
経験を積むしかないんだから 頑張りなさい」
父も 母も 幼い頃から
「自分で学べ 失敗から学べ 自分の力で前進しなさい」
良いモノは良い 悪いモノは悪い
真っすぐに 直球に 明確に 向き合ってくれた
理解するまで 向き合ってくれた
父と母の娘で良かったと 心底 思う
エベレストのように気高い山を目の前に
少しでも登れるように あしたも励むのだよ アツコさん
2012-03-11
3.11 2011
東日本大震災 原発事故
ブログで何度も書いてきたけれど
1年前のわたしには たにんごとでしかなかった
揺れ続け 目の前で あちこち地面が割れ 液状化していても
なんの実感も無く 冷静で 電車が動かないと思い 早々に歩き出した
5時間かけて 帰宅する途中
当時 疎遠になっていた両親から連絡が来た
その連絡にも 素っ気なく 淡々と答えた
帰宅して 疲れ果てて 寝てしまった
深夜 ネットのニュースで津波の映像を見た
「なぜ 自分が死ななかったのだろう」
「自分が死ねばよかったのに」
そんな言葉を放つわたしに 友人たちが怒っていても
よく わからないでいた
誰かを亡くしたでもなく
家を失ったでもなく
断水しているだけの部屋で 温かいベッドで寝ていたのに
わたしのココロは死んでいた のだと思う
あの頃は 色んなコトが重なり過ぎていて 何も見えていなかった
わたしの味わったコトは わたしにしか分からない
同情をして欲しくもなければ
同じ思いを しているヒトがいないコトを願う
被災者の受けたココロの傷も 失ったモノの大きさも
わたしには わからない
無慈悲なのかもしれないし ココロがまだオカシイのかもしれない
3.11
忘れるコトのない 特別な日ではあるけれど
1年経った いまでも 言葉を持つコトはできない
2012-02-29
5年前の2月最後の日
おじいちゃんが大好きです
そう 5年前の3月1日に手紙を書いた
この世で おじいちゃんにおくる
最後の手紙
地元に帰れば
実家にいれば
会いに来てくれる気がする
2006年10月
友達の結婚式で帰省したとき
着物を着たから 見に来てと 会ったのが最後
10日後 くも膜下出血で倒れてしまった
手術は成功した 意識は戻らなかった
年明けに帰省した時は 毎日 病院に行った
最後の日 「またくるね」と手を握ると 強く 強く 握り返してくれた
麻痺で動かないはずの左手で
意識のない おじいちゃんの強い握力に ビックリした
わたしが次に会った おじいちゃんは 永久の眠りにいた
2007年1月末 「覚悟を決めてください」と言われたと聞く
2月には 家族の皆 覚悟を決めたと言った
わたしには まったく 覚悟はつかなかった
おじいちゃんが「いなくなる意味」を受け入れたくなかった
5年前の 2月最後の日 夜 寝る前
「もうそのときなんだ」と覚悟が下りてきて 眠りについた
よく朝 おじいちゃんは旅立った
わたしを待っていたかのように 早朝に
母の祖母が亡くなったとき
「俺はあと10年生きれれば良い」と言った 10年後に 旅立った
トキが解決する と ヒトは言うけれど
5年経ったいまでも 命日前日 命日 誕生日 には 涙があふれる
おじいちゃんには会えないけれど 寂しくはない
わたしのココロの中で おじいちゃんの魂は生きてる
わたしの身体で 世の中を見て 大好きなお酒を飲む
そんな 感覚に ときどき なる
あしたは「焼酎」を飲む
2012-02-07
おろかなジブン
ここ数年 ヒトを信じるとゆうコトがカンタンではない わたし
己と 目と 感覚の 未熟さゆえの経験から 難しくしていた
「信じるコトから始めましょう」と歩み始めたのに
卑怯からの記憶が 頭をよぎった
卑怯を正当化はしないが責めもしない 卑怯にさせたのは わたしだ
また 何も分かっていないのではないかと
キレイな言葉で誘導されているのではないかと
1つ疑うと 全てが歪んでいった
不安で 自信も持てず 気後れしていった
逃げようかと 諦めようかと 考えている自分が イヤだった
疑う自分を不幸だと 思った
信じるのは怖いけれど 疑いながら生きるくらいなら
信じて もし裏切られても そこから仕切り直せばイイ
信じるコトを辞めてしまったら わたしは一生 何も信じられなくなってしまう
冷静になっていった
わたしが疑ってしまった言葉は 誠意に満ちていた
その目に 言葉に 声に 空気に 偽りは感じられなかった
わたしが至らないだけなのに
フォローの言葉と共に 自分にも責任があるのだと言った
自分が とてつもなく愚かで あさましく感じた
その誠意を 一瞬でも 私の中だけでも 汚してしまったコト
わたしの過去になにがあろうと してはいけない
今日の 愚かさを あさましさを 忘れてはいけない
肝に命じ さらに精進したい
己と 目と 感覚の 未熟さゆえの経験から 難しくしていた
「信じるコトから始めましょう」と歩み始めたのに
卑怯からの記憶が 頭をよぎった
卑怯を正当化はしないが責めもしない 卑怯にさせたのは わたしだ
また 何も分かっていないのではないかと
キレイな言葉で誘導されているのではないかと
1つ疑うと 全てが歪んでいった
不安で 自信も持てず 気後れしていった
逃げようかと 諦めようかと 考えている自分が イヤだった
疑う自分を不幸だと 思った
信じるのは怖いけれど 疑いながら生きるくらいなら
信じて もし裏切られても そこから仕切り直せばイイ
信じるコトを辞めてしまったら わたしは一生 何も信じられなくなってしまう
冷静になっていった
わたしが疑ってしまった言葉は 誠意に満ちていた
その目に 言葉に 声に 空気に 偽りは感じられなかった
わたしが至らないだけなのに
フォローの言葉と共に 自分にも責任があるのだと言った
自分が とてつもなく愚かで あさましく感じた
その誠意を 一瞬でも 私の中だけでも 汚してしまったコト
わたしの過去になにがあろうと してはいけない
今日の 愚かさを あさましさを 忘れてはいけない
肝に命じ さらに精進したい
2012-02-04
うつりゆく
自分の ココロ 思考 スタンス
これらのうつりかわりをみてゆくのは おもしろい
わたしの思考はわたしのなかで イチバン はやい
つぎにココロが追いつき スタンスへとなる
思考とココロには時差がある
ココロとスタンスは なだらかにつながる
ココロが思考に追いついた瞬間 思考は次へと進む
みちに起こるコトの 大まかなコトガラはわかる
分かるようになったとき この世がつまらなくなった
ゆくさきも 段階も わかっている ひどく面倒になった
50くらいで逝けたらいいなと考えていた
大まかなコトガラの「経緯」がどんななのか 楽しもうとする自分がいる
根拠のない直感と すこしのもどかしさを感じながら
これから どんなコトがおきて ソコへ行くのか
かけ離れた時差の 思考とココロが ときどき融合する
これらのうつりかわりをみてゆくのは おもしろい
わたしの思考はわたしのなかで イチバン はやい
つぎにココロが追いつき スタンスへとなる
思考とココロには時差がある
ココロとスタンスは なだらかにつながる
ココロが思考に追いついた瞬間 思考は次へと進む
みちに起こるコトの 大まかなコトガラはわかる
分かるようになったとき この世がつまらなくなった
ゆくさきも 段階も わかっている ひどく面倒になった
50くらいで逝けたらいいなと考えていた
大まかなコトガラの「経緯」がどんななのか 楽しもうとする自分がいる
根拠のない直感と すこしのもどかしさを感じながら
これから どんなコトがおきて ソコへ行くのか
かけ離れた時差の 思考とココロが ときどき融合する
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