ヒトとして成長していたいと思う
わたしにとって
後退するコトは絶望で
貪欲に学び前進しなければ 生きる価値を失ってしまう
これは個人的な価値観で そうじゃないヒトを否定する気はない
ただ わたしは「厳しい」らしい
そんな「厳しいわたし」も全てを自分基準で見る訳ではない
わたしは「ヒトに厳しい」3倍 自分に厳しい
だからヒトに対して「厳しくない」つもりでも「厳しい」のだろう
わたしが何も言わなくても
「後ろめたさ」「否定」を感じるヒトが少なくないのを知っている
「怒られる」と思うヒトもいるだろう
ただ わたしが「悲しい」なのは
隠しコト 偽り 間違い かっこ悪さ
それらを「キレイな言葉」で繕い正当化するコト
ありのまま 繕わず 包み隠さず 話して欲しい
一生懸命に話してくれるコトを
どうしたら「邪険」や「否定」できるのだろうか
0 件のコメント:
コメントを投稿